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東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4040号 決定

申請人 今村武 外一名

被申請人 株式会社斎藤鉄工所

主文

被申請人が、申請人両名に対し、昭和二十七年六月十三日附にてなした解雇の意思表示の効力を停止する。

(無保証)

理由

第一、申請人等は主文同旨の裁判を求め、その理由として

一、被申請人は肩書地に本店を有し東京都北区昭和町二丁目四十三番地に工場を経営する株式会社にして、截断機、印刷機、製袋機、等印刷関係の製品の製造販売修理を行つているものであるが、申請人今村は昭和二十三年五月十八日以来、同三沢は昭和二十五年四月一日以来、いずれも被申請人会社に雇傭され前記工場において、それぞれ平削加工専門の従業員及び中グリ工として勤務していたものである。然るに被申請人は昭和二十七年六月十三日に、申請人両名に対し、口頭を以て解雇の意思表示をした。而して被申請人の申請人両名に対する右解雇の意思表示は、申請人等が、東京都荒川区尾久町六丁目二百十五番地所在、申請外合名会社中林印刷所の従業員の依頼により、同社従業員の労働組合の結成に協力して、組合が結成された結果同社は、この組合結成によつて社内の平和が乱されたとして、この結成運動に参加した同社における中心分子四名を解雇したが、同社は被申請人会社の永年の顧客にして、今後も永く取引を継続しなければならないのであるから、被申請人会社の従業員である申請人等が右組合結成運動に関与したことは、結果的に被申請人会社に不利益を与えることになるという理由にもとずくものである。

二、然しながら、被申請人の申請人両名に対する右解雇の意思表示は、左に述べるような理由により無効である。即ち

(1)  申請人今村は申請外合名会社中林印刷所における労働組合の結成に参与したが、労働者が労働組合を組織することは、憲法上保障された基本権であり、この権利を行使することによつて、使用者側に不利益を生ずることはあり得ないし、かりに組合結成によつて、直接侵害される使用者の利益があるとすれば、かかる利益は憲法の保護するところではないのであるから、同人の右所為は何等非難すべきものではなく、况や被申請人会社に不利益を与えるものではない。たとえ被申請人会社が主観的に不利益を感じたとしてもそれを申請人今村の責に帰すべきいわれはない。要するにかかる不利益を生じたとする被申請人の主張は、組合結成の行為を違法視する前提に立ち、憲法第二十八条に違反するもので、正当なる解雇理由ということはできないし、また申請人三沢はこのような組合結成行為に全然関与していないのであるから、被申請人の申請人両名に対する本件各解雇の意思表示は、いずれも、正当なる理由のないもので、憲法第二十七条の労働権を侵害するものとして無効である。

(2)  被申請人が、本件各解雇の理由とするところは、要するに申請人等が前記中林印刷所における労働組合の結成に参与したということである。而して、資本主義社会における企業及び労働階級の各連帯性、憲法第二十八条、同第十四条の趣旨或いは労働組合法第七条第一号の表現形式等に照せば、労働組合法第七条第一号に所謂「労働組合を結成しようとしたこと、」とは、特に結成さるべき組合を、特定企業内のものに限定した趣旨とは解せられないのであるから、右申請人等の前記所為を理由とする本件解雇は、被申請人の不当労働行為として無効である。

三、よつて申請人両名は、被申請人会社の従業員たる地位にあることの確認を求める訴を提起すべく準備中であるが、賃金によつて、辛うじて生計を維持している労働者である申請人等は、本案判決の確定を持つていては、回復することのできない損害を蒙るので、本案判決の確定に至るまで仮にその従業員たる地位の設定を求めるため本件仮処分を申請するというのである。

第二、当裁判所の判断

一、被申請人が申請人等主張のように、肩書地に本店を有し印刷関係の製品の製造、販売修理等を行なう株式会社にして、申請人両名がその主張する如く同社に雇傭され、東京都北区昭和町二丁目四十三番地所在の同社の工場において勤務していたこと被申請人会社代表者が、昭和二十七年六月十三日に右申請人両名に対し口頭を以て解雇の意思表示をしたことは疏明によつて明らかである。

二、疏明によれば、被申請人会社をふくむ印刷関係の中小企業者間においては、一般に、労働組合を、企業内の平和を乱すものとして嫌忌する傾向が強く、未だに組合の結成されていない企業が大部分であるため、申請人等は、かかる企業において、労働者の労働条件を向上させるためには、労働組合の結成の必要なることを痛感し、既に昭和二十六年八月頃、被申請人会社における従業員の中心となつて労働組合の結成に尽力し、その結成を見たのであつたが、同年十二月被申請人の介入もあつて、終に解散せざるを得なくなつたこと、申請人今村は、其の後昭和二十七年六月十日頃被申請人会社の近くの申請外合名会社中林印刷所においてその従業員が労働組合を結成しようとした際、その結成について援助するよう依頼をうけたので、種々相談に応じ或いはビラの作製等に与かり、また申請人三沢も今村とともに、右組合の結成について、援助を与え、(申請人三沢は、前記のとおり、本件組合結成運動に全然関係ない旨を主張し、その主張に副う疏明も存在するが、これらの疏明は、同人に対する審訊の結果、或いは、疏乙第二号の二同第六号の三の記載等に照らし容易に信用できず、やはり、その他の疏明により同人が本件組合結成運動に関与したものと一応推認ざるを得ない)その結果、右印刷所において労働組合が結成されるに至つたが、同社はかかる労働組合の結成を、社内の平和を乱すものと考え、その従業員にして組合結成運動に参加した者四名を解雇するとともに、被申請人会社に対して、その従業員が関係していることを抗議して来たので、被申請人会社としては、従来同社の大切な顧客であつた右中林印刷所において、同社の従業員の関与した組合結成運動に端を発して、このような事態を惹起したのに、自社においてこれをそのまま放置しておいては、同業者の非難をあびて、その乗ずるところとなり、ひいては、中林印刷所其の他の取引先と被申請人との取引関係に悪影響を与えるに至るであらうことを慮り、且つは、中林印刷所に対する被申請人の陳謝の意を披歴するための手段として、申請人両名を昭和二十七年六月十三日に解雇したことを一応認めることができる。

よつて右解雇の効力を案ずるに、申請人等の主張するように解雇に正当な理由が必要であるとは解し難いが、右の事実によれば、被申請人が申請人等を解雇した主要なる直接の動機は、被申請人の重要な顧客である右中林印刷所或いはその他の取引先との取引関係が申請人等の前記行動によつて悪影響をうけ、被申請人が不利益を蒙らないようにするためであり、而も前記のように封建的色彩の強い被申請人の同業者間の事情を考えると、被申請人のかかる懸念が、全然根拠のないものであるとはいえないのであるから、企業の所有者たる被申請人の観点からすれば、申請人等の前記行為が被申請人にとつて不利益なものであり、従つて、申請人両名の解雇が、被申請人会社の事業上の都合によるものという余地がないわけではないが、一方において、被申請人の憂慮するかかる不利益が、申請人等が前記中林印刷所における労働組合の結成に際して、これを援助したことに直接起因して発生したものであることは、前記認定の事実から明らかであるから、被申請人の申請人等に対する本件解雇の意思表示は、実質的には、申請人等の組合結成運動についての援助行為をとらえて、これを解雇の事由としたものといわざるをえない。

而して労働者がその労働条件の向上を計るために労働組合を結成することは、日本国憲法第二十八条が労働者の権利として保障しているのであるから、労働者が労働組合の結成を援助する行為は、その労働者が当該組合に自から加入すべきものであると否とを問わず、すべて労働者に与えられた権利の行使として適法なものであると云わざるを得ないのみならず、憲法第二十八条の保障する勤労者の団結権は、単なる自由権ではなく、所謂生存権的基本権として、国家の積極的な関与、国家権力による保障を要求しているもので、国家はこの根本原則にもとずいて進んで勤労者がかかる権利を行使しうる環境を維持することに努力すべき義務を負つているものと解すべきであるから、被申請人が申請人等の行為に基因して、或程度の不利益を蒙ることのあり得ることは、前記のようにこれを否定し得ないとはいえ、その行為が組合結成を援助するものであること前記の通りである以上これをとらえて解雇の理由とすることは疏明の範囲において被申請人が、申請人等に対してかかる処置をとらなければ、その企業の存立について重大な結果を招来する等の事情について、特に認むべきもののない本件においては、憲法が勤労者の団結権を保障した趣旨に反するものといわざるを得ず、かかる法律行為は民法第九十条に違反し、従つて本件の各解雇の意思表示は、その他の点について判断する迄もなくその効力を生ぜず、申請人等と被申請人との間には、現在なお、従前の雇傭契約関係が存続しているものといわざるを得ない。

三、そこで更に進んで、申請人両名について仮処分の必要性の有無を判断するに、右申請人等が被申請人会社を唯一の職場としてその得る賃金によつて生計を維持していたことは疏明により一応推認し得るところであり、前記のように、同人等に対する解雇の意思表示が、無効であるのに右申請人等が被申請人より解雇されたものとして取扱われることは、現下の社会経済事情のもとにおいては、甚だしい損害にして容易に回復しえないものと一応考えられ、右申請人等につきこれを左右すべき事情については何等特段の疏明がないから、右申請人等について、被申請人との間の前記法律関係の確定を求める本案訴訟の確定に至るまで、仮に右法律関係を設定する必要あるものといわざるを得ない。

よつて申請人両名の本件申請はいずれもその理由ありと認めるところ、申請の趣旨並びに疏明に照し主文掲記の如き仮処分命令により一応その目的を達するに十分であると認められるので主文の通り決定する。

(裁判官 脇屋寿夫 古原勇雄 西迪雄)

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